ユニコーン「甦る勤労ツアー」2009.05.19@武道館

昨日(19日)、ユニコーン@武道館 見てきました。


現在のホームであるところの@東京ドームはその頃凄まじい盛り上がりを見せていたようでしたが、嗚呼本当にユニコーンを昨日にしておいて良かった。19になるか20になるかはチケット取ってくれた人の都合次第だったんだけど同じ時間を会社なんかで過ごしちゃってた日には発狂してたかもしれないところでしたマジで


私はもうユニコーンが本当に好きで好きで私の中学時代はユニコーンとその仲間たち色に染まってたと言っても全く過言ではなく、私とロックとの出会い(というほどのものでもないかもだけど。っていうかなんかそぐわない言い方な気がするけれども)は正にユニコーンとの出会いそのもので、初めて武道館に行ったのもそう言えばユニコーンでした。ユニコーンに泣き、ユニコーンに笑ったそんな時代があったのでした。でも私が夢中になってたのは「服部」〜「ヒゲとボイン」の頃で、その後は不思議なほど記憶がなく、解散宣言もショックだったもののその頃はもう情熱って感じじゃなかった。でも昨日見て思い出したんですよ本当に15年ぶりくらいに。自分が川西くんが抜けたことにどれだけショックを受けたのかってことを!(なんで忘れてたんだろう。脳が辛いことを消してたんだろうか……)


好きだったのはご多分に漏れず民生で、でも川西くんがいないユニコーンは全然ユニコーンじゃないなあと、中学生ながらにものすごく悲しかった、というか儚い、空しい、やってられないと思ったんでした。それでなんとなく見られなくなり、なんとなく解散し、解散もしょうがないとなんとなく受け入れる自分がいたんだろうなぁ、今思うと…(いや本当にあんまり記憶がない……)


その後も勿論民生のことは大好きだったんだけどほとんど現場には行ってなかった。民生はいつも安定してて急いで焦って見なくてもそこにいるし、どっかで見るときは見れるだろうしと思ってたつもりだった(実際フェスとかで何度も見たしそれも嘘じゃないんですけど)。ジャニヲタになったからかもしれないけど他のバンドのライヴには行ってたしやっぱりそれが理由じゃない気がする。そうだなー私は民生の顔も形も声も歌も考え方もすごい好きだけど、「1人の民生」を生で見るってことに、ほとんど執着がないのかもしれない。だから積極的には見に行かなかったんだと思う。いや、執着がないっていうより、1人の民生じゃない民生を見たいっていう深層心理もあったんだと思う。今武道館が終わってみるとそう思うんです。私の中の何かの原点はもう恐ろしいほどユニコーンなので…


今なら言える。ユニコーンユニコーンだったよーー!相当おっさんだけどあれはユニコーンだった!川西くんは変わってなさすぎで若すぎだった!!!!!


復活の話を聞いたときも最初は興奮したんだけど段々あんまり素直に喜べなくなって、それは自分の中でユニコーンの存在が大きすぎたから、復活を見てもし万が一「パワーダウン。。」とか思ってしまったら、もうその思ってしまったってだけで自分が許せないやりきれないわと思ってたんです正直。カツンと一緒に出たMステ見ても、そのときはあんまり「Hello」が響かなかったんだよなぁ。なんか、いい歌すぎてこれはちょっと出来過ぎなんじゃないかと思ってた。まだまだ、疑ってた


しかし昨日一番心に残った曲はこの「Hello」だったんです。ちょっと涙腺崩壊しそうになりました。阿部Bの曲は民生のなんていうか、きれいな、素直な、伸びやかな、てらいもない、そんなところを引き出すって言うのかな、とにかく自作の曲歌うときと全然違う空気が流れて広がるそんな感じ。そして夢にまで見た川西くんのドラムがぶ厚くてぶ厚くてもう!テッシーもEBIちゃんも皆愛してる!こんな陳腐な言い回ししたくないけどもう溢れる愛だったし圧倒的だったあの空間は。おっさんたちダレダレしてるとこもいっぱいあったけどあの曲はもう圧巻だったなぁ


「Hello」聞きながら、しみじみ思ったんでした。あーやっと私のユニコーン(の記憶)が上書きされたんだなぁって。川西くんが抜けたときからひっそり止まってて、再結成って聞いても、新曲聞いても全くそんな気持ちにはならなかったんだけど、コンサートの最中もすごく楽しかったけどそんな気分にはならなかったけど、でも本編ラストの「Hello」で突然、そう思ったんでした。カチって時計の針がハマったようなそんな音が鳴ったような気がしました。たとえ、身体は衰えても、勢いが落ちても、その熱量は変わらない。ユニコーンの、熱でした


バンドとか、アイドルとか、本当にもうどうしようもなく奇跡。奇跡の人たちが集まった特大の奇跡だって!!!!!!大声で言いたい。 15年の時を経ても、こんな疑り深い人相手でも、やっぱり奇跡は起こるんです。そしてその存在はこんなにも奇跡なのに、それを奇跡だって感じる人相手にしか、どう説明しても何度聞かせてもわからないのよ。これもまた奇跡の一つではないだろうか


過去の自分、そしてこれからの自分よ。奇跡に出会えた奇跡、を抱いて生きるのもなかなか辛いものだけど、チャンスある限り走るのをやめてはいけないのです。次の奇跡が、上書きできなくなるからね


客出しのSEは、でっかい音で流れる「スローバラード」でした